【第104号】ガミサ(石上順先生)のこと

このコラムを引き受けたとき「深志つながりの話なんてないな・・・」と言ったのだけれど、不思議と、以来次々と思い出される。

あの頃は、深志に20年勤続という教師が何人もいたらしい。それぞれが「名物教師」で「校風」そのものだった。中でも「ガミサ」は、深志を追い出されるようなことがあれば教師をやめるのだと言われていた。そのガミサが、2年間担任だったことは、私の人生に大きく影響したと、50年もたって考えるようになった。

人物像を思い出すまま羅列すると、

・トレードマークは、常に「蝶ネクタイ」黒スーツに白シャツ。

・自宅はまるで「おばけやしき」。

友人に連れられて、訪ねたことがある。小野のかつての筑摩書房の社長・古田晃の邸宅だったところを借りて住んでいた。100畳もあろうかと思われるような部屋のある大邸宅のほんの一角だけを使っていた。使われていない部屋は、蜘蛛の巣と埃だらけで恐怖を覚えた。話には、臼井吉見の名前がたびたび出てきた。それに唐木順三、折口信夫・・。お茶を運んでくれた奥さんは、着物に割烹着姿だけれどまるで生活臭がない不思議な感じの、背の高い美しい人だった。顔は夫婦似ていた。

・電車の便のせいか?「毎日タクシーで通勤している」と言われていた。

・一切教科書を見ることなく「源氏物語」の授業をした。

(つづく)

筆者紹介 : 太田 正子