【第79号】昭和10年の50周年記念

昭和10年(1935)11月1日から5日まで、松本中学校創立50周年・新校舎落成記念祭がおこなわれた。これを記念して翌年2月に発行されたのが『校友』第80号だ。私の父の松中時代の書物のなかにあった307頁という分厚い雑誌を捲ってみた。

「創立五十周年新築落成記念号」と表紙にある。発行は文芸部だ。中学の沿革大要、新築工事報告、新築落成式式辞・祝辞、祝電、記念講演、想い出、記念作文と、112頁にわたって記念行事の記録が載る。あとは一般記事だ。

明治17年(1884)に長野県中学校松本支校となったときを創立として、50年となる昭和9年に「五十年式」をする予定だったが、校舎の新築が遅れ、落成式とともに10年におこなうことにしたと、秋田實校長が式辞で語る。法学博士の加藤正治が、祝辞で明治17年に入学したことを懐かしみ、「本校の恩に報ゆるには国家社会の為に力を尽し、母校の名声を挙げることである」と述べる。当時64歳の加藤は、この祝賀式の日に開かれた松本中学校同窓会創立大会で同窓会長に選ばれた。父兄会代表常任委員として胡桃澤勘内も祝辞を述べたひとりだ。当時50歳の勘内は、柳田国男や折口信夫と親交のあった郷土の民俗学の先達である。

記念作文として、1年生から5年生まで14人が原稿を寄せている。移転新築工事の起工は昭和7年10月8日、3年後の5月20日に竣工。8月に松本城二の丸から引っ越した「五十年の歴史を語るものは小林先生の銅像と数本の樹木だけ」の新校舎で50年を迎えての感想をそれぞれに記す。「永年のあいだ我等があこがれていたあの美麗な高層へ無事に移ることが出来たのだ。何と楽しき日ぞ、今日は。」と一人は記す。新校舎移転新築、50周年と、大きな節目の年を迎えた在校生の感慨は大きかった。全校生徒1000人に、紋章入り落雁と記念絵葉書が給与された。

この『校友』に、1年生の父が鉢伏山に登ったときの作文「野営の朝」が載っているが、絵葉書がいまも我が家に遺る。

筆者紹介 : 小松 芳郎