【第94号】昭和の人

宮内庁長官を務め、さきごろ亡くなった藤森昭一さん(松中65回)は入学してしばらく博物会に所属した。平成2年発行の深志同窓会報に寄せた随想に、深い造詣の一端がうかがえる。

東京・永田町の官舎に住んでいたころ、国会周辺にある約250本のイチョウの木の観察を、およそ10年続けた。黄葉や落葉のバイオリズムは木ごとに固有であることを確かめた。

「ところで、藤森は国会のイチョウを観察しているというが、イチョウはどうか」。初めて随行した須崎の御用邸で、報告を済ませた藤森さんに昭和天皇が声をかける。藤森さんは観察方法と行った実験、その結果をイチョウの文化史的な話題を交えて話した。「きょうは面白い話をありがとう」と天皇から言われて退出した藤森さんは、その感激を生涯忘れなかった。

昭和元年に生まれ、昭和天皇の最晩年に仕えた藤森さん。昭和から平成への代替わりを取り仕切った。随想は「トウシャジンの花を1本だけ摘んで、亡き陛下に捧げ、地上の花々の有様を報告しようと思っている」で終わる。植物に極めて詳しかった「学者天皇」の一面をも書き残す。ふるさとから望む鉢伏山と、奈良井川の土手に咲く野バラが藤森さんの原点だった。

筆者紹介 : 伊藤 芳郎