【第72号】独標への道

この夏、西穂独標に向かう熟年世代の一群の中に片桐直利さんがいた。校史に悲しく刻まれる落雷遭難で3歳下の弟・進さんを亡くした。事故の翌月、両親とともに参加した追悼登山以来48年ぶりにたどる道だった。

険しい道のりにあらためて驚いたという。高いところが苦手なはずの母親が独標直下の岩場を四つ這いになって登っていった姿が重なった。「息子の足跡を踏みたい」。その一念による重く、つらい足どりだったに違いない。

被雷する数時間前の写真を、直利さんはトレッキング関係の本の間に挟んで現地に持参した。呼びかけに応えるかのように左手を上げ、稜線のハイマツ帯を行く笑顔の進さんが写っている。西穂遭難追悼文集『独標に祈る』にも載る1枚だ。

他に何かできることはなかったか。もっと早く下山すれば。いや遅かったらどうであったか。半世紀近くがたっても悔恨の情が消える日はない。

「私の分まで手を合わせてきてほしい」。89歳になる母親の深い思いを祈りの地に届けた直利さん。これまでも、これからも。弟が果たせなかった希望を、兄の糧として受け止めて歩み行く人生を誓う。

筆者紹介 : 伊藤 芳郎