【第233号】人生のアンコール

堀内 伊吹(24回)
長崎大学名誉教授

 ほんとうに久しぶりに松本を訪問した。まだ実家も残っているので、コロナ禍ではあるものの、たまには帰ろうと思っていたが、なかなかその機会が無かった。そこに深志卒業50周年の記念式典の案内があり、しかも現役の高校生に授業をするという企画を目にした。おそらくそれにふさわしい講師が同窓生に大勢いるだろうと思ったが、思い切ってエントリーをした。幸い、講師陣の一人に加えていただき、松本行きが実現することとなった。(幹事のみなさん、ありがとう)

 長崎空港から羽田に飛行機で飛び、新宿から特急あずさに乗り込んだ。車窓から眺める11月末の風景は、長崎とは違い晩秋の色が濃く、甲府を過ぎたあたりからは、山々は静かに冬の準備をしているようだった。松本駅からは、手荷物もあったのでタクシーに乗った。運転手さんが、最近の松本はずいぶんと変わりましたよ、外国人の姿をよく見かけるようになった、普通のラーメン屋さんに若い人が行列している、昼間はこうやって暖かだが夜になるとけっこう冷えますよ、、、。などと、タウン情報を提供してくれた。そしてその通り、松本の夜はかなり寒かった。

 せっかくの機会、我が愛すべき後輩たちに、どんな話をしたらいいだろうかと、あれこれと悩んだ。結局50分で何か立派なことが話せるわけでもないので、「海の無い松本で育ち、山らしい山がない長崎で、音楽を伝えるという仕事を、長年やってきました!」という内容で、私自身のことを話すことにした。深志高校時代に培われた「自治」の精神。それを私は、「人任せにせず、自分で考え、何か言った以上は責任を持って実行する」ととらえていますよと伝えた。大学の教員として40年以上も務め、しかも地域の音楽活動にも関わることができたのもこの精神のおかげだと。

 電子黒板には驚いたけれど、廊下も階段も、教室の狭さも、風に揺れる窓にかかった白いカーテンも、無性に懐かしかった。高校生たちは、熱心に話を聞いてくれて、後日送っていただいた感想文も、大学生のレポートより、ずっとしっかりと書かれていた。この春、長年勤めていた大学教員の仕事を終えた。音楽と長く関わってきて、コンサートでそれなりの演奏をすると、アンコールの拍手をいただく事がある。記念式典で懐かしい仲間と会い、瑞々しい後輩たちにも会えた。これからの時間、人生のアンコールとしてもう少し踏ん張ってみようかなと思えた、そんな松本訪問であった。