【第106号】ガミサ(石上順先生)のこと その2

小林俊樹先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

担当していただいたことはないけれど、陰ながら親しみを覚えるご縁がありました。美しいお連れ合い様に、子供のころ随分かわいがっていただき、小2のとき、旅行に連れて行っていただきました。その人が「従兄と結婚する」というお相手が小林先生でした。時の過ぎる速さを思います。

―――――――――――――(前回のつづき)

・古文「源氏物語」は、教科書無しで、どの部分も暗唱で解説した。

とくに忘れられないのは、君たちねー、「凄い」という言葉はそうしょっちゅう使うものではないよ、「お化けが出る」というほどの意味なんだから、と。

「らしさ」というのは、いやらしいね。高校生らしさなんて・・とも。

・戦争の話①終戦ではないよ、敗戦だよ。「ソ連」ではなく「ロシア」だと言って、当時の教科書は「ソビエト連邦」だったけれどロシアだった。②問;自分がリーダーで、敵に追い詰められた際、全員をどうやって死なずに済ませられるか?考えてごらん、できるんだ、できたんだよ。

・進路変更を伝えたとき;「挫折じゃないね、断念だね・・・」

・欠席の多いKさんのことを、クラス全員に対して「彼は大切なことは勉強してるんだ、だからいいんだ・・」

・男子生徒が緊急入院(虫垂炎)したとき、その生徒と付き合っていた女子生徒一人を連れて、授業中に病院へ駆け付けた。

学んだことは、「教師」対「生徒」ではなく、一人の人間として対してくれたことだ。50年を経て今、このどうしようもない社会における希望は、やはり「一個人」であると強く思う。

厳しく叱ったりされた記憶はないのに、威厳を感じさせる大人だった。こういう大人がいなくなった・・・と思い、気づけば自分がその年齢をはるかに越えている。

筆者紹介 : 太田 正子

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