【第164号】不易

平成から令和に元号が変わり、令和フィーバーも落ち着いてきた感じだ。

ローマ字表記の際、名が先か姓が先かというニュースを耳にした。つまり、YOSHIKIYO MIZUNOかMIZUNO YOSHIKIYOかということのようだ。明治時代の西欧化以来、YOSHIKIYO MIZUNOとしてきたところを、中国や韓国の例に倣ってMIZUNO YOSHIKIYOとすべきだ。ということのようだ。

最近の情勢をみるに、変化を重んじる風潮が強い気がしてならない。

見方を変え、深志高校の校歌は時代に合わないから変えるべきだという議論が起こったらどうなのだろう。今の校歌は大正11年(1922年)から100年近く歌い継がれている。聞くところによると、当初行進曲のテンポから始まり、西穂の遭難から鎮魂歌に曲調が変わったようだ。そして、現在は作られた当時に戻っている。

同窓会に集まった同窓生が校歌を歌うと年代によってテンポが異なり大変だという話を聞いたことがある。そこに歴史があり、伝統のなせるところと思う。

歌詞にしても男子校の時代を反映して「蜻蛉男児に栄あれ」となっている。男女共学の時代、いかがなものかという意見があってもおかしくない。

やみ雲に変化を追及する時代だからこそ、100年歌い継がれる校歌があってもいいのではないかと思う。世の悪風に染むことなかれ。

筆者紹介 : 水野 好清

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