【第189号】高校時代の「9500万人のポピュラーリクエスト」

 私の高校時代は、1965(昭和40)年4月からの3年間、1968年3月の卒業だ。
 ビートルズがデビューしたのが1962年。中学生だった私は、ラジオから聴こえてくる彼らの曲の虜になった。当時、ラジオでは文化放送をキー局として「9500万人のポピュラーリクエスト」という1時間の番組があった。父から買ってもらったトランジスターラジオで、毎週その時間になると聞いていた。信越放送は、文化放送と放送日が異なっていたため、クラブ活動でおそくなったりした時には、どちらかを聞けばよかった。
 ビートルズの曲がこの番組に登場してくるのは、1964年3月からだ。それ以後、曲の数が増え、日本でのビートルズ人気も高まっていく。
 1966年にかぎって1月から12月まで、私は毎週かかさずに聞いて記録した。この年べスト21にランクされた曲は全116曲で、1位になったのは18曲。そのうちビートルズは6曲が1位になった。ビートルズの曲が1位だった週の合計は28週で、1年の半分以上をしめた。ビートルズが、ほかのアーティストと異なるのは、1位のランク期間が非常に長いということだ。「ミッシェル」「ペイパーバック・ライター」は6週間もトップをしめていた。1位にならなかったビートルズの曲は3曲だ。
 米国の1966年『キャッシュボックス』誌の1位にランクされた曲をみると、全部で32曲ある。そのうち日本の「リクエスト」で1位になった曲は5曲だけだが、ビートルズだけは例外だった。米国1位のビートルズの曲は3曲とも20日ぐらい後になって、日本でも1位にランクされるのだ。ローリング・ストーンズの「ペイント・イット・ブラック」が3か月後に,モンキーズの「恋の終列車」が1か月以上たってから1位になったことを考えれば、ビ-卜ルズの曲の人気は際立っていた。
 今年(2020)は、「レット・イット・ビー」(最後のLP)が発売されて(日本は6月5日)ちょうど50年。

筆者紹介 : 小松 芳郎

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