【第175号】トンボの徽章とバッジ

帽子につけた深志高校の徽章は「とんぼ」。学生服の襟につけたバッチも、ボタンもみな「とんぼ」だった。

バッジと徽章について、『長野県松本中学校・長野県松本深志高等学校九十年史』を引用しよう。

「帽子はとくにきめられたわけではないが、海軍帽または独逸帽といわれたものを使用した。記章は、『明治三十一年、図画教師望月俊稜ノ考案ヨリ、日本ノ別名蜻蛉洲ノ名ニヨリ、蜻蛉ノ徽章ヲ制定シ、今日ニ及ブ」とされているが、すでに明治二六年頃使用されていた。従って今日においては、制定の年月は判然としない』(140・141頁)。

バッジについては、昭和23年10月の「深志高校創立記念祭」の第1日に、「校章委員会が二箇の候補をあげて、すでに九月一五日のホウムルームで生徒の賛否をもとめ、決定をみていた新しい『本校標識のバッチ』が配布された。古厩博人教諭の発案になるものである」(819頁)。

徽章については、昭和24年の『校友』91号(深志高校となって第1回の校友会誌)の「校章作製報告」によると、「生徒委員会では、アカシヤ会一任とし」、六月あらためてアカシヤ会か校章委員会を構成、まず校友からの図案募集を重ねた末、「独創的な図案を七つ程」と、「旧松中の校章の形成になったもの(トンボを用いたもの)など」で一〇点の候補を投票にかけ、「『トンボに高』の図案が全体の七〇%という圧倒的票を得て、図案形式を決定」「『高』の文字の書体を色々と変えたり、トンボの翅の長さ尾の形頭のあり方、全体の調子つりあい安定動きなど、こまごまと分離して研究、一つは比較的模様化している旧松中の校章をそのままで文字だけを『高』と入れかえたもの、もう一つはトンボは実物にもどって研究し文字と共に構成して来たものの見本を作り、生徒の投票により後者の図案に決定し、八月二五日から全校友のひたいに輝く事が出来たのである」(825・8264頁)。

筆者紹介 : 小松 芳郎

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