【第31号】新宿中村屋を開業した相馬愛蔵

諏訪郡に生まれた岩波茂雄は、大正2年(1913)に東京で古書店を開業、新刊の出版にも着手した。ちょうど100年前だ。古書店をはじめるときに茂雄が相談したのが、新宿の中村屋を経営する相馬愛蔵だった。

明治3年(1870)、安曇郡白金村(安曇野市穂高)に生まれた愛蔵は、長野県中学校松本支校に17年9月に入学。同級生に、研成義塾で知られる井口喜源治がいた。愛蔵は、数学だけは学校中第1といわれるほどできたが、英語がふるわず、3年で中退して上京、20年9月に東京専門学校(現早稲田大学)に入学した。

卒業後、蚕業を始めようと北海道へ渡り、約1年間滞在した。子供のない長兄夫妻には、末弟の愛蔵は大切な跡取りであり、穂高へ戻った。蚕種製造家として成果をあげた愛蔵は、東穂高禁酒会を創立した。

愛蔵は、仙台出身の星良(黒光)と結婚。4年後に妻子と共に上京した。勤め嫌いの愛蔵は、コーヒー店の準備にかかろうとしたが近くにミルクホールが出来たので、パン屋に目をつけた。パンが常食になるか試食したりして、上京3か月後の12月30日に開業した。

明治40年の暮れに新宿駅前に支店を開設、42年に新宿駅付近の現在地に本店を移した。「中村屋の商売は人真似ではない。自己の独創を以て歩いている」と、愛蔵は強調した。新宿中村屋は、当時この業界で東京一の売り上げを示した。

中村屋の前途を祈りながら、昭和29年2月14日、愛蔵は84歳の生涯を閉じた。

上京のおりには、新宿の中村屋へ立ち寄ってみてはいかが。

筆者紹介 : 小松 芳郎