【第74号】ガリ版の記憶

整理していた本棚の奥から在学中のプリント類が出てきた。ガリ版印刷の実力テスト問題と、タイプによる学年通信やPTA通信などが茶封筒に入っていた。

「春休みを勉強するかしないかで2年、3年の学習の様子が変わります。大切な時期です。安易な過ごし方は絶対に禁物です」。2年進級を控えた春の学年通信に、数学のY先生が書いていた。

世界史の実力テスト問題はこんなふうだった。

「ポルトガル商人が喜望峰経由の船に乗って中国の港に初めて現れたのは(イ)1517年であった。(ロ)海禁政策を取っていた明朝に通商の公認を取り付けるや、彼らは中国の物産を求めて続々と来朝し…」

「(イ)このころ最盛期に向かいつつあったオスマントルコの皇帝は誰か」「(ロ)海禁政策を破り南洋に渡っていった中国人を何と呼ぶ」といった具合の細かな文字の問いが、延々と続いていた。頭を抱えたまま敗北感にうち沈んだ日。半世紀も前になる。

社会に出てから暗記世界史の断片が生かされる機会はほとんどなかった。学びの試練に向き合わなかった身。ガリ版の原紙に鉄筆を走らせていた恩師群像の情熱が、この年齢になってようやく想像できる。

筆者紹介 : 伊藤 芳郎