【第44号】熊井英水さん

春の叙勲で瑞宝中綬章を受章した水産学者の熊井英水さんは深志6回卒。困難さゆえに誰も手を出さなかったクロマグロの完全養殖を世界で初めて成功に導いた人だ。

完全養殖は生簀(いけす)の中のクロマグロに卵を生ませ、孵化させて育てる。海で捕獲した稚魚を育てる養殖とは全く異なる。大回遊する魚体に向き合った30年余の苦闘はNHKテレビ「プロジェクトⅩ~挑戦者たち~」で放映された。

塩尻市の農家に生まれた。初めて見た海は中学3年の時の修学旅行で訪れた伊勢湾だった、と聞く。高校在学中はプランクトンを集めてミジンコの仲間の調査をしていたそうだ。海辺に棲息するさまざまな生き物に向けた視線が後半生の航路につながった。

平成16年の母校尚学塾で「わが国の海産魚養殖の概要とクロマグロの完全養殖」を語っている。「生物の研究にとっても愛情が必要と知った」「魚の顔の見分けがつくほどの観察眼に驚いた」。講演を聞いた生徒の感想が当時のPTA会報に載る。

和歌山県串本町にある実験場を、紀伊半島を巡った旅の車窓越しに見た。群青色の海に点在する生簀群の規模に驚いた。海なし県で生まれ育った人が大海原に挑んで成し遂げた功績の大きさでもあった。

筆者紹介 : 伊藤 芳郎