【第243号】記憶を未来へ―学芸員の使命

福島 正樹(25回)
信州大学大学史資料センター特任教授

 2023年(令和5)11月24日(金)、1976年(昭和51)初夏の教育実習以来、47年ぶりに1年生25名に授業をする機会を得ました。表題のテーマで私が卒業以来どのような歩みをしたのか、その話が在学生のなにがしかのヒントになればありがたいと考えての話しでした。ここではその時の話しの概要をお伝えしたいと思います。

 私は現在、信州大学大学史資料センターで信州大学の歴史を物語る資料(史料)の収集・保存とその紹介(展示会など)を行い、また学芸員を養成する仕事をしています。前職は長野県立歴史館で23年間学芸員を務め、途中長野県教育委員会で文化財保存の仕事もしました。現在も含め、それらの歩みは人々の培ったさまざまな記憶や遺産を後世に伝えることだったと言えると思います。

 深志を卒業して大学に進学するとき、当時担任だった渡辺恭二郎先生(1986年他界)の大きな影響で、歴史学への進路を決め、入学後専攻の選択にはいろいろと迷いましたが、最終的に奈良平安時代の歴史を専攻、学部卒業後も大学院に進学、研究者のみちへと迷い込みました。

 研究者への志望は30代半ばまで抱き続けていましたが、常勤の大学の教育研究職にはつくことができませんでした。転機になったのが『長野県史』編纂の開始で、編纂委員としてこの事業に加わったことでした。編纂完了後、その事業を引き継いで埋蔵文化財と歴史編纂で収集した文書等を保存し公開する博物館施設が建設されることになり、県教育委員会に博物館担当の教員(学芸員)として勤めることになったのです。

 新しい施設の建設準備からはじめて、開館後はその運営にも携わり、資料の収集・整理・保存・研究・展示など充実した仕事に恵まれました。特に深志の卒業生としての最も思い出深い出来事は、深志の校舎の一棟(普通教室管理棟)と講堂を国の登録有形文化財に登録するお手伝いをしたことです。当時の県教育長が大先輩の斎藤金治先生、県立高校校舎の管理をしている担当者が卒業生のyさんという偶然にも恵まれました。長野県という県は、自ら管理している歴史的な建物を文化財にすることに伝統的に消極的で、この深志コンビがあったからこその登録実現だと思います。校舎が末永く大切にされていくことを願います。

 25人の一年生は、必ずしも順調とは言えない一人の先輩の人生話しを熱心に聞いてくれました。初志貫徹、チャンスは逃すな、自分で切り開け!