平成19年度深志同窓会定時総会 特別講演 平成19年9月29日
『何のために』-道路行政を通して学んだこと--
講師 酒井 孝 氏 (深志10回 アカシア会)
(社)雪センター理事長 (株)建設環境研究所顧問
(社)雪センターという名称にはなじみのない方が多いことでしょう。これは、克雪、利雪地域づくりを推進するために、雪に関する研究、開発、技術交流などを目的に、1990年(平成2年)に建設省が認可設立したもので、現在、積雪寒冷地域(2月の最大積雪50cm以上 又は1月の平均気温0度以下)を持つ27道府県、14社団、社団、300市町村、民間企業、合わせて520団体が組織する団体です。
私は、1940年(昭和15年)、塩尻市大門に生まれ、1958年(昭和33年)に松本深志高校を卒業し、早稲田大学の土木に進みました。土木は社会資本整備、公共事業の担い手と考え、1963年(昭和38年)に建設省に入省し、本省、北陸、関東、奈良県と、それぞれの気候風土慣習などと土地柄の違いを経験しつつ様々な道路行政に携わりました。
1992年(平成4年)、北陸地方建設局長、平成6年(財)先端建設技術センター、平成9年(財)日本道路交通情報センターを経て、2003年(平成15年)から(社)雪センター理事長を務めています。
土木 よりよい社会資本整備、保全の担い手
土木というと、日本ではあまりよい印象で受け止められないことが多いのですが、私は、civil engineer という原点の言葉が適切ではないかと思います。現在は大学などでも社会環境工学などと呼ぶようになりましたが、よりよい社会資本整備、保全の担い手として、安全な地域を作る仕事と考えます。自然、景観、歴史、文化という器の中で、人が住み職を得、暮らしの営みという中身を充実させていくお手伝いをする。さらに病院学校などの施設を建設し、暮らしを結ぶ道路という社会基盤を充実させ、暮らしやすい基盤をつくっていくことであると考えます。
しかしながら、最近では、公共事業関連費が平成10年の14.9兆円から平成19年には6.9兆円と、半分以下に減らされ、この予算で国の成長、地域の活性化、国土の安全、安心、施設の維持管理保全という要求に充分に答えられるのか、不安が残ります。
土木の世界は、現場に即した一品生産であり、その状況に即した知恵と工夫が無ければ決してよいものは生まれてきません。役所からは、「良いものを安く」などと言われますが、安かろう悪かろうに陥らないために、その事業ごとにいかにその内容がリーズナブルなものであるかと考えるべきであろうと思います。
特に国が進める事業は、何のために何をするのか、分かりやすく示し、積算内訳を事前に公表し、よりよい工夫と知恵を引き出すような入札システムを考えてもよいのではないかと個人的には思っています。「真に必要な社会資本整備とは何か。そのための公共事業の進め方はいかにあるべきか」冬柴国交大臣の言のとおり、「国家100年の大計」を見据えた良質な社会資本の方向を国民に示し得ないままでは、徒に公共事業が叩かれる世の中の流れを変えていくことは難しいでしょう。
公共事業のあり方(行政と政治)
道路法が制定されたのは、昭和27年6月です。その頃の日本は、道路建設予定地はあっても道路は無いと言われたほど、道路事情は非常に悪いものでした。中でも、積雪寒冷地域では、雪が降ったら越冬生活をよぎなくされる。何とか早く安全、確実に通行できるよい道路を作らなければならないという時代でした。さらに、国には金が無いので、世界銀行から金を借りましたが、利用者に負担を求められるように有料道路を作ることができるような法整備をした時代でもありました。とにかく、道路建設が国の急務でした。
私は、昭和56年から2年ほど長岡国道所長を務めましたが、その間に、国道353号(柏崎~高柳~越後湯沢~中之城)の小岩峠にトンネルを通すという計画がありました。ここは、田中角栄先生の選挙区でありました。実際に現地に行ってみると、当初の計画ではトンネルの上に取り残される集落ができてしまうことに気がつきました。当地は大変な豪雪地帯で、これは、集落の死活に関わる問題でした。何とか計画ルートを変更しなければならない。しかし、長い時間を掛けて作られた計画を変更するということは容易なことではありません。最後には、田中先生の元に行って説明するしかないと、上京する前日のことでした。現地の町長が、おやじ(田中先生)が書いたのだがと言ってトンネルの建設ルートが赤ペンで記された5万分の1の地図を持ってやってきました。そのルートはまさに私が変更したいと思っていたルートそのものであったことに驚かされたのです。翌日、目白に伺った時には私は何も細かい説明する必要も無く、了解を得られたのでした。そのとき、先生は、この地域はいつも水不足で困っている、もし、トンネルを掘って水が出たら上水道の整備を応援してやってくれと言われました。はたして、上水道に困らない程度の量の水が出て、その後の整備をしてもらったということがありました。公共事業の有り方として、その地に最も必要なことは何かということを的確に把握して事業を行い得た一つの例です。
社会基盤整備には、やはりお金がかかります。国からの補助金に何か卑屈なイメージを持たれがちですが、地方財政が厳しい折、本当にやらなければならない事業については、知恵を出して補助金制度を有効に活用すべきだと思います。例えば、除雪費。12月から3月半ばまでの除雪の費用は、国の補助と地方単独の事業でおこないます。3月始めぐらいまでは、除雪のためにお金をストックしておくのですが、この先予算の見通しが出てくると、徒に余らせることはない、補助金を地方に出してあげたいと考えるわけです。すでに議案を議会に出してしまったので訂正できませんと言って補助金を受け取らないのが長野県。3月30日が議会の最終日なので、29日までは訂正議案を出して、もらえる補助金はもらいますというのが新潟県。補助金をもらうというのは決して悪いことではありません。県が単独でお金を出して努力した部分を国の補助金に振り替えれば、県の金を他に必要な事業に使うことができる。長野県に限らず、大多数の地方について言えることですが、事務的な処理が優先され、速やかに事態に対応する知恵を使わないということは残念なことです。
国土形成計画と二層の広域圏(国土ビジョン)
現在の国土計画は、時代の推移に伴い、国土総合開発法の考え方から、国土形成計画法へと移行しつつあります。それは、人口減少社会の到来、グローバルな国際化、地方分権改革などという変化にふさわしいブロックを組み立て、今までの開発による量的な拡大ではなく、現在のストックを活用しつつ質的な向上を目標に、広域的な視野で考えていこうとするものです。しかし、今の県の枠組みはどうなるのか、計画は誰が責任を持って作るのか、それを実行するのは誰か、といった基本的な問題は残っています。
あるいはまた、広域圏を二層にとらえ、生産人口の大幅減という見通しの中で生活機能の低下喪失が懸念される中山間地域の都市への配慮など、国土形成計画の抱える課題は重要です。拠点となる中山間地域の都市を安全、円滑に結んでいくモビリティーのネットワーク整備は、圏域を考えるとき基盤となる課題です。この秋以降、国土形成計画という言葉が多く聞かれるようになっていくと思います。長野県の位置づけも注意しながら注目してください。
日本風景街道
道路というネットワークに関連して、「日本風景街道」を紹介しましょう。この取り組みは、「郷土愛を育み、日本列島の魅力・美しさを発見、創出するとともに、道を舞台に多様な主体による協働のもと、景観、自然、歴史、文化などの地域資源を生かした国民的な原風景を創成する運動を促し、以って、地域活性化、観光振興に寄与することを目的とし、これにより、国土文化の再考の一助となる」というものです。
先進例としては、アメリカのシーニック・バイウエイ法。地域の活性化を助けるように地域への寄り道を応援しようというものです。日本では、北海道が、行政と地域とがうまくコンタクトし合って、景観、地域文化、観光などの活性化を目指し、現在6つの指定ルートが順調に動き始めています。
信州でも、軽井沢、塩の道、木曽路など、風景街道の取り組みが進められています。地域の活性化を地道に支援するためにもこの取り組みに参画することも考えて欲しいと思っています。
大地のささやきに耳を傾けよう。
最後に雪に関わる話をしたいとおもいます。
私の30年来のお付き合いで、カマキリ博士と呼ばれている長岡の株式会社酒井無線の社長さんで、工学博士の酒井與喜夫さんという方をご紹介しましょう。
酒井先生は、カマキリの巣の高さでその年の雪を予測するということを長年続けられてきました。樹木のあまり高い所に巣を作れば、冬の間鳥につつかれしまうし、低すぎれば、雪解けの水が巣に染みて孵化しません。カマキリは、ちょうどいい位置に巣を作る。カマキリの巣と雪の関係を統計的に整理し、ドクター論文をお取りになりました。しかし、統計的には確かに当たっているけれども、カマキリは雪など見たこともない、そんなカマキリがどうして巣の高さを決められるのだろうかと先生はずっと疑問に思っていたそうです。
カマキリは巣を作る樹木から情報を得ているのではないかと仮説をたて、超低周波のセンサー、言わば感度のよい聴診器をご自身で作り、木の幹を聞いて歩いたのです。そうしたら、振動数がちょっと多くなるところがあり、そこは、木がちょっと温かい。その位置とカマキリの巣の位置が一致することに気が付かれたのです。先生は、そこを木の逆支弁とおっしゃっていましたが、カマキリは、そこに生えている木から情報をもらって巣を作っていることを検証しました。
先生がその聴診器を木に当てると、その冬の気温の変化が大体予測できるそうです。平成18年は、たいへん豪雪の年でしたが、気象庁は雪は少ないと予測し、先生は大雪と予測しました。2004年7月の新潟豪雨も予測されていた。また、同年10月23日の新潟県中越地震の前にも、先生が観測されていてどうしてもおかしい所があり、冬が来る前にどうやら地震が来るのではないかとおっしゃっていました。
樹木は動くことができない分、非常に高い感度で情報を得、予知能力に優れていなければ、そこで生き続けることはできないでしょう。まさに「大地のささやきに耳を傾ける」こうした研究成果を活用していけば、災害防止など、いろいろなことに役立つのではないかと思っています。米国ではすでに先生の研究が特許を認められ、NASAで活用されているということです。日本でもこのような着目の優れた興味深い研究にたいしてもっと支援するような体制が欲しいなあと思うわけです。